天体写真・星景写真展/岡山アストロクラブ

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天文同好会「岡山アストロクラブ」では、下記によりまして、「天体写真・星景写真展」を開催いたします。

1.時 期 2017年1月18日(水)~1月24日(火) 9時~17時

      ご注意:初日は13時より、最終日は15時までとなります。

2.場 所 エネルギアプラザ・ギャラリー

      岡山県岡山市北区内山下1丁目11-1

      うちさんげ電気ビル1F (中国電力 岡山支社内)

      Google地図 https://goo.gl/AE9EHK

  (1) JR岡山駅前より、東山行 路面電車で「県庁通り」下車、徒歩3分。

  (2) 駐車場の数に限りがありますので、近隣の有料駐車場などをご利用ください。

  (3) できるだけ公共の交通機関をご利用ください。

3.入場無料

4.天文同好会「岡山アストロクラブ」ホームページ

  http://oac.d2.r-cms.jp/

5.「岡山アストロクラブ」facebookページ

  https://www.facebook.com/okayama.astro.club/

ご都合のよろしい方は、ぜひ、ご来場ください。

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2016年12月 4日 (日)

ζOri 付近

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11月3日 3h35m~ ε180ED STL11000M  L:R:G:B=45:15:10:15 Total exp.85m

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2016年11月20日 (日)

ヒアデスの星雲

Ldn1551

STL11000M ε180ED

10/6 23:30~ L:16*10m R:6*5m G:4*5m B:8*5m

10/10 00:25~ L:16*10m R:4*5m G:4*5m B:6*5m total exp.480m

自分で撮るまで、どんな星雲があるのか知らなかったが、それほどマイナーでもないらしい。

LDN1551は星形成領域で、すばる撮影の詳細な写真が公開されている。周辺にはHH天体がたくさん分布しているらしい。

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2016年10月24日 (月)

γCygの北(テスト)

Cyg

 

最近になって、モニターの設定が大幅に狂っていることが判明。

今回、印刷用に設定したつもりだが、いままでのモニターの色と、あまりの違いに茫然。

こんなモニターの色で、画像処理などできるのかと思いつつ、とりあえず、なんかやってみた。

これが、ネット上ではどのように見えるのか、テスト掲載。

ついでながら、前はコンポジットも間違っていて、星を丸くするのにえらく苦労した。

位置合わせしてない画像をまちがって使ってしまったらしい。

8月31日 吉備高原 ε180ED STL11000M L:19*10m R:4*5m G:3*5m B:5*5m total exp.250m

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2016年8月17日 (水)

Perseids 2016

Perseids2016
  
8/12は、帰宅後、暑ーっ、だるおも~、と思いながら、一応外に出てみたら、明るいのが2つ飛んだ。

そこで、サマーベッドとカメラを持ち出し、観戦体制。

ちょうど、日付が変る頃から始めたが、始めに見た明るい2個を含め、この日見たのは全部で5個。うちマイナス等級と思われる明るいのが4個だった。

強烈な青色の街灯と、オレンジ色の桃畑の防虫灯にはさまれ、視界もさほど広くなく、見やすい環境ではないのでこんなものか。
流れ星が見えたのは、始めた頃で、そのうち全く見えなくなり、寝転がって見ているとすぐに眠気が襲ってくる。雲も多くなって、2時前には撤収。
 
写真は200コマほど撮影したが、かろうじて写っていたのは2コマのみ。それを合成したのが掲載の写真。左の明るい流星の右に暗めなのが1個写っている。
  
EOS5D印2 シグマ15ミリ魚眼 F2.8→3.2 ISO1600 30秒

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2016年7月21日 (木)

[読書] 日本はなぜ

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◎日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか  矢部宏治・著 集英社インターナショナル 2014年10月29日発行 2015年7月6日 第9刷
 
◎日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか  矢部宏治・著 集英社インターナショナル 2016年5月31日発行 6月18日 第2刷


日本の二大タブー、創価学会や電通と野合しながら、成長の家原理主義者たち(日本会議)の支持を受け、投票システム・ムサシの大株主でもある安倍が、参院選の結果を受けて、改憲の動きを加速させていくのは間違いないと思われている。

しかし、それは物事の核心ではなく、日本国憲法はそもそも日本の最高法規ではなかったという驚き。

沖縄で米軍が事件を起こす度、うすうす皆が感じていたことを、ちゃんと突き止めていったら、こんな真実が明らかになったという本。

日本人なら、必読の書ということか。

読んでいくと救いようのない暗澹とした気分に見舞われるが、少なくとも、ものごとの真相が見えてきたということ、今後はそこを出発点とするしかないという点がはっきりしたことは、筆者も言うようによかったにちがいない。

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2016年6月 9日 (木)

山の辺の道 その後

昔読んで、本棚に置き放しの「日本の神々 谷川健一著 岩波新書」をぱらぱらと見ていたら、関連して、参考になるところがあったので、引用しておきます。
 
「『古事記』や『日本書紀』に登場する神々が、当時の国家体制に見合うように、皇統譜に組み込まれ整序されていることは明らかである。
 ……
日本の神々は後代になるほど変容が著しくなっている。したがってそれをそのまま神の履歴とするわけにはいかない。後代の付加物をできるだけ削ぎ落として、神の原型に迫る努力が必要とされる。いきおい神社神道や国家神道の外がわに置かれ、そのために古風を残すことができた民俗神や、仏教の薫染のきわめて少なかった奄美・沖縄の神々の中に、記紀以前の日本の神々の手がかりを求めることになった。―p.ⅱ」
 
この本の冒頭、「はじめに」には上記のようにあります。この本の立ち位置ということで紹介しておきます。)
  
  
●さてまず、天照大神についてですが、はじめは巫女だったが、のちに神とあがめられるようになったという話。
 
「大比留女があり、照日之菜があって、ともに日光に感精して子供を生んだ。「大日孁貴」「天照らす日女の命」などから、天照大神が日の妻、つまり太陽の妻であったことは疑い得ない。―p.119」
  
「伊勢神宮の神衣祭には、麻積連などが麻を積んで神衣をたてまつったとあるが、神衣を織ることは神に仕える巫女のする仕事である。こうしたことから大ヒルメは年上の巫女であり、若ヒルメはそれに仕える年若な巫女であったことが判明する。―p.119」
 
「こうして見れば天照大神も日光感情説話を背負った巫女であり、最初は日神の妻であったものが、やがて日神としてあがめられるようになったことは疑いない。それは巫女を神とする祭りの伝統からすれば、とりたてて怪しむべき事柄ではない。―p.120」
  
 
●天照大神・倭大国魂の二神を天皇の御殿にお祀りしていたことについて
 
「蝦夷はなぜ三諸山(三輪山)に向かって誓ったのであろうか。それはそこに天皇霊があると信じられたからであろう。三諸とは御室に由来する語で、三諸山には岩窟があり、そこが祭祀の場所となっていたと思われる。折口は三諸山、御室と宮中の「御室殿」と「斎戸殿(いわいべどの)」とをつなげて考えようとしている。―p.144」
 
天皇の御殿に二神を祀ったがその勢いを畏れ、共に住むには不安があったという不可解な書紀の文。三輪山の御室を御殿と曲解したものか?
 
 
●倭姫命が大神を鎮座する処を求めて各地をさまよったことについては…
 
「これは巫女であるヤマトヒメがアマテラスの形代(かたしろ)を背負って諸国を巡回したが、どこにもぴったりする場所がなく、たまたま伊勢国にきたとき、アマテラスがヤマトヒメに霊感を伝えたことを物語っている。それが「大神の教えのまにまに」と表現されている。これは神を背負ってさまよう東北の「あるきみこ」や南島の巫女がツヅの神(カン)を発見する過程とまったく同じである。
 アマテラスが憑依したヤマトヒメはアマテラスと一体になった巫女である。「日本書紀」は垂仁天皇がヤマトヒメを「御杖」としてアマテラスにたてまつったと記している。御杖というのはヤマトヒメがアマテラスの憑依者(依代)であったことを示す。―p.121」
 
 
●倭迹迹日百襲姫命のこと
 
 琉球の古謡集「おもろさうし」の引用から
 
 百度踏み揚がりや
 君の踏み揚がりや
 遊ぶ 清らや
 
「君」は沖縄ではすべて高級神女の呼称であり、男につけることはない。琉球王府の最高の神女が聞得大君(きこえおおきみ)である。「遊ぶ」は神遊びのことである。
 百十は百度と同じ、踏揚りは飛び上がること。私は韓国や奄美で、神がかりの巫女が跳躍する動作を繰り返す光景を何度も見たことがある。「日本書紀」には大物主神が倭迹迹日百襲姫に憑って神託を下したとある。迹迹日は鳥飛び、百襲は百度も重ねることであろう。倭迹迹日百襲姫も百十踏場もシャーマン・ダンスの状態を示したもので、厳密には特定された女につける固有名詞ということはできない。―p.126」
 
ところで日本書紀によると、倭迹迹日百襲姫命は、第7代孝霊天皇の妃、倭国香媛の子であり、弟に彦五十狭芹彦命がある。
そして、またの妃、絚某弟は吉備臣の先祖である稚武彦命を生まれたとあります。
彦五十狭芹彦命は崇神天皇が遣わした四道将軍の一人、吉備津彦命で、このへんに古代吉備と古代大和のつながりが垣間見えます。

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2016年5月25日 (水)

山の辺の道 4

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歩く道には山際の木陰が落ち、見晴らしもよい。
この道をどこまでも歩いていたい。

道縁には高市皇子の歌碑が。

神山の山辺真蘇木綿みじか木綿かくのみ故に長くと思いき

十市皇女の死を悼む高市皇子の歌だが、異母姉弟の二人は恋愛関係にあったともいわれる。壬申の乱で追い詰められた大友皇子は山前に 身を隠し自死。物部連麻呂と一、二の舎人だけが従っていたといい、妃の姿はない。

 十市皇女の薨りましし時に、高市皇子の作りませる御歌三首
御諸の神の神杉夢のみに見えつつ共に寝ねぬ夜ぞ多き
神山の山辺真蘇木綿みじか木綿かくのみ故に長くと思いき
山振りの立ち儀ひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく


次の景行天皇陵の手前には額田王の歌碑も。

味酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際に い隠るまで 道の隈 い積るまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放けむ山を 情なく 雲の 隠さふべしや

当時、いかに三輪の山が親しまれていたかがわかります。


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↑渋谷向山古墳

古事記に、第12代景行天皇の陵は山辺道の上にあると記されており、山邊道上陵として、景行天皇陵に治定されている。
江戸時代には崇神天皇陵と思われていたとあります。
墳丘の全長が300mで、全国8位の大きさです。


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↑行灯山古墳

古事記に、第10代崇神天皇の陵は山辺道の勾の岡の上にあると記され、山邊道勾岡上陵として、崇神天皇陵に治定されている。
先行9代の天皇は伝説上の存在とされるので、実在する初代の天皇と考えられている。

周濠がしっかり残っている(再現された?)ので、大規模なものに見えるが、墳丘の大きさは242mで、全国16位の大きさ。
上空から見た写真では後方部が短く、帆立貝のような形にも見える。
参道縁に一目で古墳とわかる陪塚がある。

山の辺の道は、木陰のある場所はよかったが、日の光を直接浴びるようになって、心配したとおりかみさんが再び不調に。
目標は石上神社までだったが、今回はここで断念。ちょうど天理行きのバスがあり、それで引きあげることになりました。

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2016年5月13日 (金)

東京オリンピック招致に不正疑惑

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↑ 5月13日 山陽新聞朝刊

英紙ガーディアンが、東京オリンピック招致に不正な金が支払われ、電通も関与か?と報じていたが、12日、フランスの司法当局もこの件に関し捜査を始めたとのこと。開催都市決定の前後に日本からIOC前会長に2億2300万円相当の額が払い込まれたという。
  
日本国内に自浄作用がないのは情けない限りで、テレビ報道は、この件をほとんど報道してないのではないかと思うが、フランスであれ、イギリスであれ、徹底した事実の解明をやってほしい。


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↑ 「電通とFIFA」

先のサッカーワールドカップの放映権料は確か、400億という異常な額だった。

先の国会、NHKの予算審議では、片山虎之助がオリンピック4大会で1100億円の放映権料に言及していたが、結局予算案に賛成したらしい。
NHKの籾井会長はNHKの受信料値下げに反対しているが、今や電通の子会社化した観のあるNHK、電通の貴重な財源を減らすことはまかりならんということでしょうか。

ちなみに、自民党のPRは電通の担当ですが、自民党と電通は持ちつ持たれつ、NHKをはじめ、互いにいろいろと便宜を図っているのでしょうか?
 
電通、国の補助金応募審査の"怪"  http://biz-journal.jp/2013/06/post_2261.html
 
安倍首相が代表を務める自民党山口県支部に、電通が、10万を寄付したが、電通は農水省から補助金を受けていて不適切な寄付だったと問題になったのは昨年のことだった。
 
東日本大震災後に、被災地を食べて応援のキャンペーン等で、平成23年度、電通が農水省から受け取った広告宣伝費は70億超だったとか。
被災地を応援どころか、食いものにしたキャンペーンだったのですね。 
 
 
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↑ テレビ現場からの告発! 安倍政治と言論統制
 
そういえば、扶桑社から出版されたばかりの「日本会議の研究」(扶桑社新書) 、どこでも、買うことができなくなっているようです。
 
当の日本会議が扶桑社に出版中止を求めたと報じられています。 著者は記事の内容には自信があると言っているのですが、扶桑社があっさりと出版中止を受け入れたのでしょうか?
 
(Amazonで、新品は売られていませんが、出品者がいて、元は864円の本に、4,970~15,000円の値がついています。扶桑社はフジテレビの子会社ですね。発禁で話題づくりして中古本でがっぽり儲けようという魂胆では…まさかないですよね? 笑)

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2016年5月11日 (水)

山の辺の道3

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↑ 大神神社から続く山辺の道。

森の中、木陰がここちよい。こんな道ならいつまでも歩いていたい。
三輪駅を出たところで、日本酒アイスクリームを食べたが、昼の弁当として、柿の葉寿司も買っていた。しかし、道縁に三輪そうめんがメニューのレストランがあり、休憩、体力回復を期して立ち寄ることに。


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↑ 玄賓庵
 
真言宗醍醐派の寺。平安時代、桓武・嵯峨天皇の時代、俗事を嫌い隠棲した玄賓僧都の庵。謡曲「三輪」の舞台。
 
この謡曲、時代はずっと下って室町以降の作でしょうが、三輪の神が女の姿で現れる。また、終わりのほうに「思えば伊勢と三輪。一体分身の御事今更何と岩倉や。」とある。俗にまみれ、目先の分別心に囚われている身としては、どう理解していいのか全く謎の謡です。


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↑ 桧原神社
 
元伊勢とも言われ、天照大神が伊勢に祀られる前にここに留まっていたとされる。
 
日本書紀・崇神紀によると、天照大神・倭大国魂の二神を天皇の御殿にお祀りしていたが、その神の勢いを畏れ、共に住むには不安があった。そこで天照大神を豊鍬入姫命に託し大和の笠縫邑に祀った。
そして垂仁紀では、天照大神を豊鍬入姫命からはなして、倭姫命に託し、倭姫命は大神を鎮座申し上げるところを探して、宇陀、近江、美濃と巡り、伊勢に入る。大神は伊勢を気に入り、ここにいたいと告げ、祠が伊勢に立てられ、斎宮が五十鈴川のほとりに立てられたとあります。
 
 この話、どうもひっかかりますねー。
出雲出身の三輪の神様、語り伝えられる話も豊富で、昔から信仰されてきたことがうかがえますが、対して天照大神は、民間の言い伝えとか、あまりないような気がします。天皇家が代々、内に秘して信仰してきたというならいいのですが。
 
巫女に連れられて、神様があちこち彷徨うというのもなにか変ですよね。
 
天照大神は、大日孁貴(おおひるめのむち)で、孁は女巫を意味し、もともとは神ではなく巫女だったとの説がありますが、考慮すべきことでしょう。
 
 溝口睦子著「アマテラスの誕生」によると、4世紀以前には、神と言えばオオクニヌシだった。しかし記紀神話により、オオクニヌシは地上の「国つ神」とされ、さらにその上に「天つ神」たるタカミムスヒやアマテラスが設定されたという。
 
 外来の太陽神であるタカミムスヒは5~7世紀、大和政権によって皇祖神、国家神とされ、そののち、律令国家成立の8世紀以降、アマテラスがそれにとってかわったというのである。非常にわかりやすく、説得力のある話だと思う。


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↑ 桧原神社から望む二上山
 
ベンチで休憩するところがあり、昼を食べた直後なのに、持っていた柿の葉寿司も荷物になるからと言って、食べることにする。
 
  大津皇子の屍を葛城の二上山に移し葬し時に、大来皇女の哀しび傷みて作りませる御歌
うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟世(いろせ)とわが見む
 
いつだったか、NHKの歴史秘話ヒストリアという番組で、持統天皇を取り上げ、生涯夫・天武と一体で、夫の遺志を見事完成させたというような内容だったと記憶している。NHKの偏向報道は最近ますますひどいが、なんと古代のことまで、こんな気持ち悪い話をでっちあげるのかと呆れたことだった。
 
天武の本心は、大津皇子にあとを継がせたかったのではないか、后に遠慮して草壁を皇太子にしたとしても、実務では聡明な大津の手腕に期待したのではなかっただろうか。
大津を謀反の罪で死なせた時点で、持統は天武を完全に裏切ったと思う。
そもそも、持統、文武と皇位につくことに大いに無理があった。
この無理矢理な皇位継承を正当化するために、伊勢の神を天照大神としたのではないかという疑念が生じるのです。

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