2012年1月25日 (水)

フィルター交換

それにしても、今月の夜は晴れません。
1月といえば、厳寒ながら山陽ではカラカラの晴れが続いたりするのですが。
平日の夜に晴れたのが2度位はあったように思います。

Gumboさんに輸入していただいたフィルターが、思いのほか早く、手元に届きました。
Gumboさん、たいへんお世話になり、ありがとうございました。

Astrodon

幸いにも、これまで装着していたSBIGのフィルターと厚みはほぼ同じでした。
どちらも、干渉タイプなのですが、ぱっと見て両者の区別はつきません。
いままでのフィルターでは、青が出ない、Gのハロは盛大に出る。
ということで、新しいものを導入して見たわけですが、どうなのか、試写が楽しみです。とはいえ、なにも違わなかったらどうしましょう? という不安もあります。
単に私の画像処理が悪かったということかもしれません。

Photo

フィルターの厚みは同じでしたが、直径が微妙に小さくて、ホイールに入れると遊びが結構あります。3本のネジの頭で固定するようになっているのですが、このネジの頭が届きません。
フィルターに金属ではなさそうな(紙製?)ワッシャが付属していて、これを使えということなのでしょう。ねじ込み量がやや短くなりますが、それをかまして固定することにしました。
すぐに終わると思った作業が、なんと1時間近くかかってしまいました。
おかげで、埃がいっぱい付着して、静電気のせいなのか、普通のゴムのブロアでは飛ばせないくらい。細いノズルをつけたスプレー缶のエアダスターで飛ばしました。
完全な除去は不可能ですが、CCDチップとは離れているので、たぶん大丈夫でしょう。
気になる場合は、フィルターを掃除するものも販売されているようですが、結構高価です。

ホイールをカメラに戻して固定するのにも、ネジが緩いとぐらつくし、締めすぎると回転しなくなるようで、どの程度がベストなのかよくわかりません。
具合を気にしながら、使っていくしかないようです。

 

120127

昨年11月25日未明の撮影。
夜半過ぎても曇り空で、帰りかけたら、不意に晴れだしたときのもの。
時間がなくて、スケアリング調整を追い込めないまま撮影したので、星像が変です。
おまけに、Lの時間設定を間違えて、ダークが合ってませんでした。
アルニタクや、σにものすごい緑のハロやら、副鏡の影が生じていて、フィルターを交換したいという動機のひとつになった画像。

STL11000M+ε180ED L600秒×10 RB500秒×3 G500秒×2

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2012年1月 2日 (月)

春のかほり

M8182blog

  

新しい年がまためぐってきました。

2011年には、大きな災害があり、そのことは、既成の価値観や仕組みが根本からあらたまるところに来ていると告げているようでした。

アラブでは、抑圧された人々がつぎつぎに立ち上がり、古い政権にノーを突きつけました。
アメリカでは、格差社会に反対するデモが大きな潮流になりつつあります。
中国では、いまのところ抑えられているように見えますが、チベットやウイグルの人々の心は死んでいませんし、人々のなかに政権に対する根強い不満がくすぶっています。
日本では、マスコミや広告代理店のあり様に疑問を抱く人々の大規模なデモが繰り返されました。

個人であれ、社会であれ、その内奥からの流れに逆らったり、抑圧することは、いずれ行き詰まり、亡びていくしかないということでしょう。
現代のあふれる物や複雑きわまりない制度の奴隷になって、自己を見失うのではなく
もっと質素で素朴であっても、自然とともに生き、本来の喜びや創造、感謝を感じられる世界へ。

「創造プロセスは人の内にあるコアから発し、つねに二つの要素から生まれる。
 一つはポジティブな意図あるいは神聖な意図であり、
 もう一つはポジティブな喜びである。」
      《バーバラ・アンブレナン/王由衣訳 癒しの光》

この真我というか、内なるコアの存在は、宇宙とつながっていて、宇宙からの光である。

「まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
 しかもわれらは各々感じ 各別各異に生きている
 ここは銀河の空間の太陽日本 陸中国の野原である

 …われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である…」
       《宮沢賢治 農民芸術概論綱要》

 
 
 

写真は、12/30~31に岡山アストロクラブの観望会で撮影したM81,82付近です。
どこか春の薫りがしてきませんか?

  STL11000M ε180ED
  L 5分×8 RGB 各5分×1

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2011年12月31日 (土)

年が改まる

たいへんなことの多かった2011年もあと数分で終わろうとしている。

 

2011年は、辛卯だった。
新しい始まりであるが、辛いこともある…と。

 
2012年は、壬辰。
新しいなにかがはらまれる年なのだろうか?
後戻りはできない。
未来がなかなか見えない世の中だが、来年はなにか光のきざしでも見えるようになるだろうか?

 

いろいろ書きたいことはあるが、また年が改まってからにしよう。
とりあえず、今年書き漏らした事柄を急いで下記の通り追加しました。

 

9/2 秋の旅―谷崎を訪ねる
10/17 787見学
11/18 秋の旅 永源寺
11/19 秋の旅 百済寺
11/28 秋の旅 飛鳥1
11/29 秋の旅 飛鳥2

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2011年12月11日 (日)

12月10日の皆既月食

2218

晩方は雲が広がっていたが、部分食が始まる前には快晴になったようだ。

仕事が終わると飛んで帰って、そのまますぐに庭先の舗道にセッティング。

始め、f 800㎜の屈折で撮る予定だったのをカメラ接続の方法が分からず、FC76に変更。FC76はFSQよりもfが長いので、こちらにしました。できれば、FSQにエクステンダーレンズを用意すべきかもしれません。

極軸のセットは後回しにして、とりあえず撮った最初の一枚。↑

22時18分 FC76+EOS5D印2

カメラの露出計が中央に触れるようにすると、月面の模様がとんでしまう感じ。中央測光ではなく、全体の光量で計っているからか。始め、露出オーバー気味の写真を量産してしまう。

それにしても、色がなくて、間違ってモノクロモードになっているのではないかと疑ってしまいました。

 

2256

↑ 22時56分、皆既直前の月

食が進むにつれ、次第に冬の星々の輝きが増してくる。

神秘的で、不思議な感動に包まれる。

写真では、事前の用意が出来てなくて、露出についても迷いが。

月の明るい部分の模様を出すのか、本影の境界をはっきり出すようにするのか、それとも暗部の色や模様をある程度出すかで、露出がまったく変わってしまう。

ノートパソコンに接続しての撮影だが、夜の暗い中では、明るめに見えてしまっているのではと疑念も。

 

2309

↑23時09分 皆既に入った月と周りの星ぼし。

 

写真とは別に、双眼鏡で眺めると、なんという美しさ!

赤暗い月の周囲に微光星がたくさん見えて、えもいわれぬ絶景が広がっていました。

ラチチュードの狭い写真では、とうてい眼視の感動を伝えることが出来ません。

 

2315

↑ 23時15分 右上に恒星があります。

 

Photo

↑ 23時48分~1分間 EF24~105㎜ F4L の50㎜付近を使用 F4.5

 ヒアデスやプレアデスを背景に皆既中の月

カメラが一台しかないので、直焦から外して、望遠鏡の上のカメラ雲台に載せレンズを取り付けて撮影。

その前に、赤道儀の極軸のセットもきちんとしておきました。

ミラーアップで撮りたかったが、よく分からないので、筒先シャッターで対応。

それにしても、カメラレンズはシャープで、いいですね。


0005

↑ 11日00時05分

再び、カメラを直焦点に戻して(ごくろうさまです)の、皆既終了直後の様子です。

シーイングはかなり悪いようで、月縁は、ギラギラと揺らいでいるのがモニターでも分かります。

0119

↑ 01時19分

すでに部分食も終わった月。

後半、ある程度明るくなったところで、ISO400 1/1250s の辺りにセットして、15秒間隔で、自動撮影にしていました。自動追尾で自動撮影、らくちんで便利な世の中です。

おかげで、途中で熱い飲み物をこしらえて飲んだり、じっくり双眼鏡で眺めたりと、余裕も出来、一人でしたが、なんだかとても楽しい時間を過ごしました。







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2011年12月10日 (土)

いまはただ悲しい

真央ちゃんのおかあさんの匡子さんが、9日の朝、亡くなられたそうです。

カナダでのグランプリファイナルをずっと心待ちにしてましたが、

急遽、出場をとりやめて、帰国したとの知らせに、まさかとは思っていました。

これまで親子で歩んできた、あまりにたくさんのことがあった道のりが思い起こされます。

そして、真央ちゃんの気持ちを思うと、いまはただ悲しいばかりで、言葉もありません。

心から、お母さんのご冥福をお祈りいたします。

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2011年11月30日 (水)

M78

M78blog3


先週、撮影したM78付近の画像です。

ε180ED+STL11000M

L 8分20秒×10

RGB 各8分20秒×3

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2011年11月29日 (火)

秋の旅 飛鳥2

飛鳥寺から南へ。

Photo_25
酒船石。
酒の醸造に使われたのではなどの説があるが、本当のところは謎に包まれている。

Photo_26
蘇我馬子の墓と推測されている石舞台古墳。
たしかに、古墳の土が流されて、石室が露出したもののように見える。
野原にぽつんとあるのかと想像していたが、現代の人工的に造成された公園の中にあり、当時の様子を想像するのは困難。見学するには、入場料が必要。
連休で、たくさんの人が訪れ、バスがひっきりなしに出入りし、道を歩くのもたいへん。

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石舞台の石室内から

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石舞台古墳のある国営飛鳥歴史公園の中のレストランで、古代米を使ったカレーの昼食。

Photo_28
石舞台に行く途中に寄る予定が、通り過ぎてしまったので、引き返した、飛鳥板蓋宮跡。
もちろん、これは推測で言われているだけで、確認されたわけではない。
ここが板蓋宮跡なら、蘇我入鹿が皇極天皇の目の前で、中大兄皇子に殺害されたという、大化の改新での乙巳の変はここで起こったということになる。
背後に見えるのは甘樫丘で、蝦夷が息子の死を知るのに長い時間はかからなかったことだろう。
蝦夷は自ら邸に火を放ち自害したと伝えられている。

Photo_30
聖徳太子生誕の地と伝えられている橘寺。
ここで聖徳太子は仏典の講義を行ったという。

Photo_31
境内にある二面石。
飛鳥の当時から存在していたという。

Photo_32
亀石。
このような不思議な石の遺物があちこちにある。

Photo_33
天武・持統天皇陵のある丘。
丘の上にあって、畑の側ではおばあさんが柿を売っていた。

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2011年11月28日 (月)

秋の旅 飛鳥1

11月の後半、かねてから行ってみたいと思っていた明日香村を尋ねてみました。

Photo_14
橿原神宮前駅で降りて、レンタサイクルで、橿原神宮へ。

Photo_15
境内には、七五三詣での親子連れの姿が。
背後の山は大和三山のひとつ、畝傍山。

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神武天皇陵
もちろん、神武天皇が実在したかどうかは不明。
神武天皇が東征してここに宮を定めたと伝えられていることから、明治になって橿原神宮が建てられ、ここに陵を祀っているのだろう。

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天香久山に向けて自転車を走らすと、途中に本薬師寺跡が田んぼの中にあった。
天武天皇が后の病平癒を祈願して建立したとのこと。

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天香久山のふもとにある天岩戸神社

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この日の目当てのひとつ、甘樫丘の頂上。
ハイカーらがたくさんいて、弁当を広げていた。
さながら、花見の頃を思わせる人出に驚く。
蘇我蝦夷と入鹿が居を定めた場所で、付近一帯がここから見渡せる。
この場所から飛鳥を見下ろして、天下はわがものと思ったかどうか?

Photo_20
甘樫丘から遠望する耳成山

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甘樫丘の東に位置する飛鳥寺。
法興寺と呼び、仏教を日本に導入したい蘇我氏が、初の寺院として建立したと伝えられる。今は狭い境内だが、当時はもっと大きな広がりがあったようで、外の田んぼの中で、発掘が行われていた。

Photo_22
本尊の飛鳥大仏。
鞍作鳥によって作られた日本最古の仏像。

Photo_23
その横にある聖徳太子像

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飛鳥寺を西に出たところにある入鹿首塚
当時は、飛鳥寺の境内だったのだろう。
背景の木立は、甘樫丘。

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2011年11月23日 (水)

Pleiades 再々







M45colorsss


私の手に負えないプレアデス、すっかり苦手意識にとらわれて、怖じ気づいていたのに、どうしたわけか、よせばいいのに、2年前の画像を再々度、処理し直してみたが…

RGBは各3枚ずつ撮っていたが、今回よく見ると、3枚のRのうち2枚が、ガイド不良の失敗画像だった。今まで、気づいていなかった。happy02

それにしても、青くないプレアデス、彩度を上げる場合、RやBの領域から、Gを引いたりしていたが、それでは追っつかないと言うことで、今回は、色調変換で、緑を青に転がすという、強引な方法に打って出る。

そのままでは、赤が緑に転がってしまうので、転がってほしくないところはマスクで押さえたつもりだが、そのマスクが結構不自然で、いろいろと破綻しているかもしれない。

こんなにしても、まだまだ青が足りないように思う。

×RGBをビニングで撮っているので、星にもへんな色シミができてしまう。たぶんプリントには耐えられないでしょう。

〇は、今まで、北を左にしてきたが、素直に北を上にすると、なぜか星雲の見栄えはいくらかよくなったように感じる。単に気のせいか?

まあ、新しく撮り直した方が近道だとは思います……はい。

PS.:淡い星雲を出すようにしていたが、モニターによってはひどく見苦しいものもあり、無難なものと交換して、再UP。おもしろくないM45だが、やはりこれが限界?

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2011年11月19日 (土)

秋の旅 百済寺

百済寺は、くだらじではなく、ひゃくさいじと読むそうです。

推古天皇の時代に、聖徳太子の御願により百済人のために創建された古刹であると、パンフレットに書いてありました。

Photo
参道の入り口の山門。
ほとんどの人は、ここから歩かず、脇の車道を車であがってしまう。もったいない。

Photo_2
長い参道を上ると、大きなわらじのかかった仁王門に到着。

Photo_3
仁王門をくぐると、巨大な杉の古木が迎えてくれる。
ここの空気は精気に満ちて特別だった。

Photo_4
木漏れ日が美しい。

Photo_5
喜見院の庭

Photo_6
池泉回遊式の庭園

Photo_7
季節外れの桜が咲いていた。

このあと、境内で炊き込みご飯の松茸弁当に舌鼓。

Photo_8
その後、彦根に戻ったら、彦根城の前にものすごい人だかり。
城まつりパレードということで、人気のひこにゃんも登場。

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