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2016年5月 7日 (土)

山の辺の道

快晴の5/4、かみさんの誘いで山の辺の道に行きました。

新幹線を新大阪で降り、JRで大阪乗り換え外環状で鶴橋まで、近鉄大阪線急行に乗り換えて桜井に到着しました。 桜井線で三輪まで行こうとしたのですが、電車の待ち時間が長く、歩くことに。

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↑大和川から三輪山を眺める

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↑大神神社の参道入り口にある大鳥居

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↑桜井市立埋蔵文化財センター 木製仮面 (3C前半)

纏向遺跡を見たいが、様子が分からないので、まず埋蔵文化財センターに寄ってみる。

この木製の仮面は、鍬の刃を流用したもので、口の穴は鍬の柄を通すところだったらしい。用途は不明だが、祭祀なら、卑弥呼が使った可能性も。あくまで可能性だが。

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↑桜井市立埋蔵文化財センター 盾持人埴輪 (4C後半?) 茅原大墓古墳から出土。

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↑箸墓古墳  (二枚合成だが、電柱等つながってません、photoshopさん、頼みますよ)

「この後に、倭迹迹日百襲姫命、大物主の神の妻と為りたまひき。然るにその神常に昼は見えずして、夜のみ来ましつ。倭迹迹姫命、夫に語りて曰はく、「君常に昼に見えまさねば、分明にその尊顔を視ることを得ず。願わくは暫留りたまへ。明旦に、仰ぎて美麗しき威儀を観ま欲し」といふ。大神対へて曰はく、「言理灼然なり。吾明旦に汝が櫛笥に入りて居らむ。願わくは吾が形にな驚かしそ」といふ。爰に倭迹迹姫命、心の裏に密かに異み、明くるを待ちて櫛笥を観れば、遂に美麗しき小虵(こおろち)あり。その長さ太さ衣紐の如くなりしかば、驚きて叫び啼きき。時に大神恥ぢて、忽に人の形と化り、その妻に謂りて曰はく、「汝、忍びずて、吾に羞見せつ。吾還りて汝に羞見せむ」といひて、仍りて大虚を践みて三諸山に登りたまひき。ここに倭迹迹姫命、仰ぎ見て悔いて急居。箸にて陰を撞きて薨りましき。すなわち大市に葬めまつる。故、時人その墓を号けて箸の墓と謂ふ。この墓は、日は人作り、夜は神作りき。」(日本書紀/崇神紀)
倭迹迹日百襲姫命は崇神天皇の姑(おば)と書紀にあります。

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